2008年5月10日土曜日

2008/5/4-6 槍ヶ岳

念願の北アルプスに帰ってきた。

前回のブログのエントリから3ヶ月、病気に罹ってしまったため家で寝ていたが、無理矢理完治したことにして、ベッドの中でずっと夢見ていた場所へやってきた。 これまで何回か無理矢理完治したことにしてチャレンジをしていたが、全て失敗に終わっていた。

今回の目的は槍ヶ岳。昨年の8月の西穂-奥穂縦走の際にジャンダルムの上から眺めて目標にした山だ。何せ寝たきりの生活を送っていたため、体力レベルは最低のそのまた底まで落ちているが、今回は3日間ある。ゆっくり行けば大丈夫だろうと軽い気持ちで出発した。

23:45新宿発のムーンライト信州に乗り込み、松本着4:30。そこから新島々まで電車で行き、バスに乗って上高地に6:30着。上高地からの奥穂高の眺めが懐かしい。苦しい思いをしつつあの稜線を歩いた事を思い出しながら眺めていたが、今回はあの山のそのまた奥にある槍ヶ岳に用がある。裏側に回り込むようにしてまずは槍ヶ岳の麓、槍沢のテントサイトにたどり着くのが初日の目標だ。

地下鉄の階段を上るだけで息が切れるほど体力が落ちているため、とにかくゆっくりと自分に言い聞かせながら上高地を出発したが、出発して5分で家に帰りたくなった。荷物が重すぎる。3日間の行程の事や、5月とはいえ北アルプスの奥地は真冬同然であることを考えて、ついつい荷物が増え、30キロ近い巨大な塊を背負って歩く羽目になってしまった。槍沢までの行程は夏の標準コースタイムが4時間、雪が残っているため歩きづらい事を考えても昼過ぎには到着するはずだったが、4時間たっても目標の半分にも到達できない。そりゃ30分に一度15分休んでたらいつまでたっても着くはずがない(笑)右の写真は、梓川を眺めて「この川に荷物ごと飛びこんで上高地に戻りたいなあ」と考える私。

上高地と槍沢の中間地点、横尾に到着する頃には予想以上の自分のだめっぷりに「やっぱり今の俺じゃ槍ヶ岳は無理だ。今日槍沢についてテント泊したら、明日は涸沢にでも行って写真取って帰ろ。」と考えるようになっていった。槍沢に近づくにつれ夏のような天気でぐずぐずになった雪に足を取られ、ますますペースが遅くなり体力を削られる。ただでさえ疲れているところで、左の写真のように膝までずぼっと雪にはまると、それだけで泣きたくなる。

それでももう戻れないところまで来ていたため、とにかく今日は槍沢に行くしかない。じりじり前進して2時頃ようやく槍沢ロッジにたどり着いた。テントサイトはここから40分ほど登ったところにあるらしい。あと40分も歩く事を考えたら絶望的な気持ちになり、しばらくロッジの横にあるベンチで寝ていたが、ここでだらだらして日が暮れてしまったらテントサイトに着く前に遭難するかもしれない。意を決してテントサイトに向かって歩き始めた。右の写真は山の間からようやく顔を見せ始めた槍ヶ岳。真ん中あたりに見える尖った山が槍ヶ岳だ。

もうこのあたりでは15分に一度休憩しなければ、一歩も歩けないほど疲れていた。歩いても歩いてもテントサイトは見えてこない。気力を振り絞って進んでも全くテントサイトが見えてこないので、ひたすら悲しい気持ちになって「こりゃダメかもしれんな」などと落ち込み、うつむきながら歩いた。それでも歩いていると1時間ほどしてようやくテントサイトが見えてきた。「助かった」とつぶやき、テントを張る場所を決め、スコップで雪をならし、テントを張り、すぐに横になった。

テントで横になっていると安心感と疲労からすぐに眠くなった。天国にいるような気分だった。目を閉じて、今日のつらかった行程や、明日槍ヶ岳をあきらめてまた同じ道を戻る事を考えているとだんだん悔しくなってきた。「俺はなんでこんなトコまで上がってきたんだ、槍ヶ岳に登るために上がってきたのに、なんで諦めるんだ。明日どうやったら槍ヶ岳に登れるか考えるべきだ。」とテントの中で横になったからこそ湧き出るポジティブシンキングで、妙なやる気を出していた。そして出した結論は「荷物が重いのが絶対的に良くない。荷物を最大限に軽くして、明日チャレンジしてみよう。それで本当にダメなら帰ろう。」ということだった。そしてこの簡単な結論を出して、すぐに眠りに落ちた。

翌日朝4:30に起床し前日考えた事をさっそく実行に移すことにした私は、そそくさと朝食を済ませて、頂上直下の最後の壁を登るために持ってきていたサブザックに最低限必要なものだけを詰めた。食料1日分、防寒具、ストーブ、コッフェル、ピッケル、アイゼン、ストック、ツェルトしか持たない。テントも寝袋も当然置いていく。今日の夜は槍ヶ岳頂上直下にある山小屋「槍ヶ岳山荘」での小屋泊まりだ。右の写真は、最小装備を背負い、これから行く槍ヶ岳方面を眺める私。この日の天気は低気圧が近づいているため、あまり良くないことが分かっていたが、案の定上の方はすっぽりと雲に覆われている。

6:00にテントサイトを出発して歩き始めると、疲れることは疲れるが、嘘のような荷物の軽さで昨日のようなつらさは全くない。「これはいける!!」と感じた私は、なんとなく嬉しくなって、歩きのリズムも以前の元気だった頃のものに戻ってきたようだった。

ただ、天気は徐々に悪くなり、途中から視界が5メートルくらいしかなくなった。自分がどのあたりを歩いているのか、山荘まであとどれくらいなのか全く分からない。かろうじて人が歩いた跡と、所々に立つ目印を頼りに一心不乱に歩いた。 徐々に斜度がきつくなってくるので、自分が頂上に近づいているのは分かったが、何も見えないためペースがつかめない。時折上から山スキーヤーや登山者が降りてきて「もうすぐだよ」などと声をかけてくれるが、どの程度のもうすぐ度なのか分からない。天気が良ければ槍ヶ岳を眼前に見ながら歩けるはずだが・・・

強風と視界不良、強い斜度と重い雪に苦しめられたが、11:00。急に平坦な場所にたどり着いたと思ったらそこが槍ヶ岳山荘だった。ここにたどり着いたということは頂上はすぐ隣にあるはずだ。ただ、何も見えない。この状況で槍ヶ岳の頂上に登ることは激しく危険なので、この日の残りは小屋でだらだら過ごす事にした。

私は今回が山小屋に泊まるのは初めてだったので、何をどうすれば良いのか分からなかったが、とりあえず営業しているようなので、簡単な手続きを済ませて、部屋を割り当てられ、そこに荷物を置いた。もう少し汚いところを想像していたが、予想外に清潔で快適だ。乾燥室や談話室まである。標高3000メートルにこんな施設があるとは。 夕飯が17:00、消灯が20:30ということだったので「17:00までなにしようかなあ」などと小屋の中をぶらぶらしたり、談話室で山岳雑誌などをぱらぱらと読んだりしていた。今寝てしまうと夜寝れなくなる事は分かり切っていたので、寝るわけにはいかない。私の割り当てられた部屋には既に数名のおじさんがいたが、いびきがうるさそうな感じがした(←私のこれまでの人生経験を振り返ると、太めの人はほぼ100%いびきがうるさい。偏見だったらスイマセン。)ので、眠気MAXの状態で20:30を迎えたい。

雑誌にも飽きて、また小屋をうろついていると、見覚えのある集団が小屋に入ってきた。 あまりに驚いたので私は思わず「あっ」と言ってしまった。すると向こうもこっちを見て、「あっ」と言って驚いている。「何してんだ?」と聞くので「いや・・・その・・・」と言葉に詰まった。標高3000メートルの小屋で何してんだもないと思うが、すかさず「無届け山行か?」と聞いてきた。私は「はい。スイマセン。」といって謝ってしまった。彼らは私が所属している山岳会のメンバーだった。

私は昨年夏頃にとある山岳会に入会した。しっかりした登山技術を学びたいと思ったからだったが、山に集団で行くことに馴染めなかったことと、その他諸々事情があり、会の集会や山行に全く参加しなくなっていた。この山岳会では山行許可制を採っていて、どこに行くにしても山に行く場合は必ず会の許可を取り付けなければならないというルールがあった。しかし私はそうした手続きを激しく鬱陶しく感じる性質で、尚かつ山に行くのを決めるのは大体行く前日の夜中だったりするので「申請なんかするかー!」とソロで山に行く事を繰り返していた。もちろん安全面等の理由があってそうしたルールがあることは分かっているのだが、ばれたら叱責されることが分かっていたので、事後報告も当然しない。すると更に会から足が遠のく。という悪循環に陥っていた。

そんなわけで、槍ヶ岳山荘で突然彼らに鉢合わせしたのには本当に驚いた。上記の理由が一つにはあるのだが、もう一つ驚いたのは彼らが山小屋に入ってきたことだった。なぜなら彼らは普段から酒席等で「小屋泊まりは素人のすることだ」と豪語していたからだ。

私はしばらく所在なく佇んでいたが、彼らは私を叱責することもなくそそくさと自分たちに割り当てられた部屋に入っていった。私はどうすることもできないので「とりあえず談話室でも行って本でも読んでやりすごそ」と思い、談話室で寝ころんで雑誌を読み始めた。すると、しばらくして彼らがワインとビールとウィスキー、それにスーパーの袋に一杯入ったつまみを抱えて談話室に入ってきた。「XX君(私の名前)も呑むだろ?」と言う。正直に言うとあまり呑む気分ではなかったが、ここは「はい」と言うしか選択肢はない。「この人たちはこんな重たいもん背負って登ってきたのか・・・流石だな・・・」などと考えながら一緒に飲み始めた。

呑み始めると、いつも集会後の中野の居酒屋で話していた内容と全く変わらない話が始まったが、別に私を咎める訳でもなく、夕飯まで暇をもてあましていた私にはちょうど良かった。ここが槍ヶ岳頂上直下の小屋であることを忘れてしまったくらいだ。

しばらく呑み続けていると彼らが「明日は小槍に登るけど、一緒に登るか?」と言う。このエントリを読んでくれている方は「アルプス一万尺」という歌をご存じだろうか?「アルプス一万尺小槍の上でアルペン踊りをさあ踊りましょ。らんららららららららんらららら~♪」という歌なのだが、この歌で歌っている小槍が左の写真。槍ヶ岳の穂先のすぐ横にある細長い塔状の岩峰だ。登るためには通常の登山ではなく、クライミングの装備と技術が必要で、またその頂上にはダンスを踊るようなスペースは全くない。アルペン踊りなるものがどんな踊りなのかも不明だ。今回私はソロでやってきているので当然登攀道具は持参していない。その旨を伝えると「大丈夫。そんなもんシュリンゲで作ればいいよ。」という。これはハーネスという腰に巻き付けてザイルを結ぶ安全器具を、シュリンゲという特別に強い素材でできたループ状の紐で作っちゃえよ、という意味なのだが、そんなもんをハーネスがわりにして墜ちたくないと思い、このときは「いや~足をひっぱっちゃまずいから遠慮します。」と言っておいた。が、彼らの目は本気だった。

昼近くから呑み始めて4時間。流石に飲み過ぎて頭も痛くなってきた。私は気がつくと横になって寝ていた。誰かの「晩飯だよ」という声に起こされて、 眠い目をこすりながら食堂に向かった。晩飯は鳥の唐揚げ(的ななにか)、シュウマイ、ゴボウの煮付け、ポテトサラダ。ご飯にはふりかけかけ放題!ご飯とみそ汁おかわり自由!最高に旨かった。山小屋って最高だなあ、などと考えつつ焼き肉ヨーデルの替え歌を鼻歌交じりで歌いながら飯をおかわりしていたが、向かいの席から「明日は朝飯喰ったら小槍に行くぞ」というささやきが聞こえてきた。私はもう何も言わず黙々と食べ、自分の部屋に戻った。

部屋に戻ると、案の定いびきがうるさそうだと読んでいたおじさんがものすごく強烈ないびきをかいて熟睡している。目をつけていたおじさんじゃないほうのおじさんまで妙チクリンないびきをかいて寝ている。「どんだけ飯喰うの早いんだよ・・・」などと心の中で毒づきながら布団に入ったが、もう眠れないのは分かっていた。飲み過ぎで頭は痛いし、さっき寝てしまっていたので眠気はMAXからほど遠い。いびきが気になって心の安らぎも得られない。結局全く眠れないまま朝を迎えてしまったが、布団の中で寝返りを打ちながら、朝食の前に槍ヶ岳に登頂することを決めた。もし小槍に登って落ちて怪我でもしたら、槍ヶ岳登頂を果たせないことになる。これまで自分一人で考えて行動してきたのだから、目標の達成までは一人で行動しよう。

4:30に布団から抜け出し、準備を始めた。完全冬装備を身につけて外に出ると、すさまじく寒い。風も強烈で、夜中に雪が降ったらしく新雪と重い雪が交じって風に飛ばされ、顔にバチバチ当たる。サングラスの隙間からそれが入り込み、目も開けられない程だ。ただ、天気予報どおり、空はすっきりと晴れている。小屋を出た瞬間にあこがれの槍の穂先が眼前に迫っていた。 昨日は全く見えなかったのが不思議なくらい近くにあることが分かった。朝日を浴びる槍の穂先を眺めて、自分がこれから登るルートを確認してから、ゆっくり歩き始めた。

岩に雪が凍った状態で張り付いた中を、アイゼンを効かせながら登りはじめると、斜度の関係で、自分の行動が登山ではなくアイスクライミングの領域であることを感じた。確実にピッケルとアイゼンを効かせ、岩と氷の壁をよじ登った。安全を確保する手段は何もない。一つ間違えば絶対にただでは済まない高度と斜度の中で、アイゼンの爪先とピッケルの刃先だけで進むのは相当な恐怖だ。途中で「帰ろかな・・・このペースで登ったら朝飯までに小屋に帰れないもん」などと弱気な考えが頭をよぎったが、今回の山行で何度も弱気に打ち勝ってきた事を思い出し、自分に鞭打ち、ひたすら上を目指した。

登り初めて40分ほど経過して、ついに槍ヶ岳の山頂に到着した。山頂にたどり着いた瞬間、柄にもなく大声で叫んでしまった。 体力もなく、荷物の選択にも失敗した。途中で何度も止めようと思ったが、ここまで頑張って本当に良かった。空も晴れ渡り、朝靄の中、360度の大展望が眼前に広がっていた。南は富士山から北は剣岳まで丸見えだ。ちょうど私の後をついてきたおじさんがいたので、その方とお互いの健闘を称えて握手をして、ついでに写真まで撮ってもらった。

山頂でコーヒーを沸かして飲むつもりだったが、猛烈に寒いのと、やっぱり朝飯を食いっぱぐれたくないので、写真を何枚か撮ってから山頂から降りることにした。

登った時よりも下りの方が数倍恐怖を感じたが、なんとか降りて朝飯の6:00に間に合った。食堂には山岳会の面々がいたので「どうします?」と聞くと「さっき見てきたら小槍にはベルグラ(岩に張り付いた薄い氷の事。アイゼンやピッケルが効かないのと、非常にはがれ易いのでベルグラの付いた岩壁を登るのは危険とされている)が張り付いてるからやめたほうがいいな」という。「だから、朝飯喰ったら大槍(槍ヶ岳のこと)行くけど一緒に行く?」と誘われたので、私は彼らと一緒にもう一度槍ヶ岳に登ることにした。

彼らは経験豊富なベテラン揃いなので、その中に混ざって登っていると安心感を感じた。一人で登った時には恐ろしく感じた斜面も、全く不安を感じない。 朝一度登っているいるので疲れは感じたが、不安がないので体が軽い。左の写真は、真っ青な空の中、槍の穂先を登る私。雪山に来るといつも思うのだが、空が異常に青く感じる。おそらく科学的な根拠があるのだろうが、真っ青な空と真っ白な雪の中を進むのは、本当に気持ちがいい。朝一で登った時よりもずっと早いペースで登り、山頂にたどり着いた。山岳会の面々は特に感激もしていない様子で、しれっとしていたが、私は再度感激を味わい、同じような写真をひたすら撮りまくり、ニコニコしていた。

本当は2時間くらい山頂でのんびりしていたかったが、山岳会の面々が降りるというので、私もそれに従い降りることにした。太陽はもう上りきっているので、空の青さと雪の白さはますます強くなっていた。 右の写真はカチカチに凍りついた雪の斜面を下降する私。下の方でアイスクライミング講習的なものをやっている方々が見えるが、私のアイゼンとピッケルがずるっと抜けたら完全に巻き添えを食らう位置で講習しないで欲しい・・・と思った。

ベテランの付き添いでさくさく小屋まで降りて、そこでもう一度写真を撮ってもらった。おそらく位置関係から考えると、後ろに写っているのは鷲羽岳、水晶岳だと思うのだが、この山は本当に綺麗だった。写真で伝えきれないのが残念で仕方がない。カメラが悪いのかなあ・・・。この景色を見て、次は槍ヶ岳より北、最終的には剣岳まで歩くことを目標にした。しつこいようだが本当に雪を纏った山は綺麗だ。ずっとここにいたい気分だったが、あまりここに長居すると家に帰れなくなる。特に槍沢に残した荷物を背負って上高地まで歩く事を考えると、あまり長居できない。残念だが山から降りることにした。

昨日とはうって変わって、雲一つない晴天の中をゆっくり降りると、昨日登っている最中に写真を撮ったあたりからは、晴天なら槍ヶ岳が一望できるはずだったことが分かった。この景色を見ながら登れたら気持ちが良かっただろうなと思ったが、もう十分槍ヶ岳を満喫していたので、ゆったりとした気持ちで高度を下げた。

途中斜面を尻で滑り降りたりしながら、1時間ほどで槍沢の自分のテントにたどり着いた。昨日の強風でテントが10メートルほど飛ばされていて、最初にテントサイトにたどり着いた時には自分のテントがないことに焦ったが、すぐに見つけて荷造りを始めた。晴天の中濡れたテントを乾しつつ、槍ヶ岳の方向を見るともう槍ヶ岳は見えない。寂しさを感じたが、来年また来ようと心に決めた。あの悪夢のような荷物を背負い、振り返って別れを告げ、槍沢を後にした。

この後、地獄のような上高地までの道のりの話や、上高地からバスに乗ろうとしたら現金がなくてタクシーに乗らざるを得なかった話、帰りのタクシーで運ちゃんと話した話や、立ち寄った温泉の話、人生初のゴールデンウィークのUターンラッシュを体感した話などまだ話は尽きないけど、今回のエントリーはこれでおしまい。沢山書きたい事があって長くなりすぎました(笑)

とにかく今回の冒険では、病気が完全に治ったことも分かったし、目標も完遂することができた。槍ヶ岳にものすごく大きな元気をもらったような気がする。ひどく疲れたが最高に充実した冒険ができた。まだ雪が残っているうちにもう一度くらいどこかの山に行きたいと思っている。

ではまた。