
ここのところ岩登りばかりしていて、あまり山歩きをしていない。あろう事か合宿では1キロ
太ってしまったくらいだ。この週末は会の山行もなさそうなので、久々に
野生の勘を取り戻すべくテント縦走を計画することにした。どこに行くかと
前日の夜中まで考えた末、以前からいつかは行かなくてはならないだろうと狙っていた西穂-奥穂縦走に向かうことにした。この縦走路は日本の地図上の登山道の中では
最難ルートの一つとして名高く、どのガイドブックや地図を見ても「初心者は絶対近づくな」とか「岩登り経験者以外立ち入り禁止」とか書いてある。(例:wikipediaによる
説明。ルートの項参照。)そうしたガイドブックを見る度に挑戦意欲がかき立てられ
ぞくぞくしていた。

新宿発7:00のスーパーあずさに乗り込み、松本着9:30。そこから10:35発のバスで新穂高まで2時間。新穂高からロープウェイで西穂高山荘下まで高度を稼ぎ、そこから歩いて西穂高山荘に3:00着。右の写真は西穂高山荘からの西穂-奥穂ルートの眺めだ。西穂高山頂付近から先は不気味な暗雲が立ちこめている。本来ここから奥穂高山頂に向かうには、まずこの西穂高山荘で小屋泊まりかテント泊をするのだが、2日という行程で余裕を持って行動するために、私はこの先の西穂高山頂で
計画ビバークをする予定を組んでいた。この計画ビバークについては後述する。西穂高山荘から奥穂高山頂まで、標準コースタイム8時間。そこから下山までを全て翌日に歩く計画にしてしまうと、精神的にもつらい。それならば、25日の内にできるだけ距離を稼いでおいて、翌日の行程を楽にするのが得策だと以前から考えていた。

西穂高山荘は大勢の登山客で賑わっていたが、その喧噪を尻目に西穂高山荘を後にしたのが3:30。ひたすら西穂高山頂を目指し歩いて、西穂高山頂に到着したのが5:00。以前からこのルート上のどのあたりにビバーク好適地があるのかをネットで調査していて、西穂高山頂に一張り分だけビバーク用のスペースがあることが分っていた。この西穂高山頂のビバーク地を逃すと、次は間ノ岳(西穂高山頂からコースタイム1時間程度)か天狗ノ頭(西穂高山頂からコースタイム2時間程度)にしかビバークできるスペースはない。ちなみにビバークには計画ビバーク(forecast bivouac)と不時ビバーク(forced bivouac)があり、普通ビバークというと雪の中ホワイトアウトに見舞われ、進退窮まって露営する様なイメージを持っている方も多くいると思うが、国の定めたキャンプ指定地以外での露営を一般的にビバークと呼ぶようだ。新宿の地下で寝泊まりしている方たちも言い方によってはビバークということになる。
長期の。

事前の調査通り、西穂高岳山頂には一張り分だけテントを張るのに適したスペースがあった。ここで早速テントを張り、山頂でのんびりコーヒーを飲んだり写真を撮ったりした。さすがにこの時間には山頂には誰もいない。
西穂高岳独り占めだ。今回がキャンプ指定地以外の露営は初めてだったが、誰もいない山頂にテントを張り、そこでのんびりするのは最高に気持ちがいい。しばらくすると美しい夕暮れがあたりを包み、聞こえるのは風の音だけ。雲上に浮かぶ夕日に照らされた周囲の山々を眺めていると、これがまさしく
雲上の楽園だなと思った。

計画では、翌日歩く西穂高山頂から奥穂高山頂までが今回のルートで最も苦しく危険なルートのはずだ。本来ならすぐにでも休息に入るべきなのだが、私はあまりの周囲の眺望の美しさに、テントと山頂の間、ほんの3メートルくらいなのだが、カメラをとったり、三脚をとったり、コーヒーをとったり、ちょこまかちょこまかと動き、その登下降だけですっかり
疲れてしまった。しかし沈む夕日を見ながらコーヒーを飲んでいると、そんな疲れも忘れ、やっぱりハイキングはいいなあなどと感慨に耽っていた。たださすがに日が沈み切ってしまうとやることもないので、シュラフに潜り、眠ることにした。

翌日日の出と共に目を覚ますと、朝日に照らされた西穂高-奥穂高の稜線がくっきり見える。実際の核心部は角度の関係で隠れているが、鋭く切り立った無数の岩峰が目の前に立ちはだかっている。そんなにきつそうではないな、などと考えながら朝日と稜線を見ながら朝食を摂り、しばし周りの景色を堪能した後、テントを片付け、西穂高岳山頂を出発したのが6:00。私はいつもテントで泊まった次の日の朝はなぜか
気分が悪いのだが、この日もご多分に漏れず、調子が悪かった。しかしそんなことも言ってられないので、ゆっくりを歩を進めた。

歩き始めて少しもしないうちに、だんだんとアップダウンが激しくなってきた。傾斜はそれほど立っている訳ではないので、いつもの岩登り用の装備ならさして問題のないはずのルートなのだが、今回はテント、食料、その他の装備20キロ近くを背中にしょっての岩登りになる。とにかくこのザックの重さと大きさが常に私を苦しめた。クライムダウンする箇所や、切り立った崖をトラバースするような場所では常に後方に引っ張られるし、急所の至る所でザックが引っかかりバランスが大きく崩されて、非常に危険な状況に陥る。 何度か危険を感じた箇所はあったが、これまでの岩登りの経験が生きたのか、高度感にめげる事なく、自分の技術に自信を持ち、常に3点確保を心がけて慎重に進んだ。

「高度感」と一言で言われても普通の人は分らないと思う。高いところに立つと怖いと感じるのは皆一緒で、例えばサンシャイン60の屋上の柵の外に立って怖くないという人は、一種の
病気だ。怖いと思うからこそ安全策を講じたり、最大限の注意を払うのだが、あまり強く怖さを感じてしまうと体が萎縮してしまい、逆に危ない。この点を克服するのはやはり慣れが一番だが、
あまり下を見ないという事も大切な技術の一つだと思う。例えば右の写真の様なところで、下ばかり向いて
「落ちたら死ぬ、落ちたら死ぬ」などと考えていたら
怖いに決まっている。自分の手と足をしっかり固定しつつ慎重に進めば、絶対に落ちることはないと信じるしかない。

そういう意味では登りよりも下りの方が圧倒的に怖いケースが多い。登りはいくら角度が立っていても、基本的に頑張るだけだが、下りの場合、それにプラスして嫌でも自分がどのくらい危ないところにいるのかが目に入ってくる。左の写真の様な場所を登るのはそう難しくなさそうに思えるが、実は下を見ると上の写真のようになっている箇所がこのルートでは切れ目なく続き、常に緊張感を持続させている必要がある。私の場合前回参加した合宿で、アブミ登攀をした際に高度感への
恐怖心リミッターが解除されたように思う。怖いとは感じるが、それが体の動きを妨げる様な事は全くなかった。

何度ピークの登下降を繰り返しただろうか、両側が鋭く切れ落ちた痩せた稜線地帯を慎重に歩き始めて3時間程経過した頃、ジャンダルムに到着した(wikipediaによる
ジャンダルムの説明)。ジャンダルムとはフランス語で憲兵の意味だそうで、さしずめ奥穂高岳という王を守る兵士というところだろう。ジャンダルムに登る方向を記したペンキには矢印と一言だけ
「ジャン」とかかれていた。洒落た名前だ。
「おしん」とは大違い。右の写真はジャンダルムの頂上から槍ヶ岳を眺める私。
岩登りをするには荷物が大きすぎる。このジャンダルムに到着してしまえば、奥穂高岳は目と鼻の先だ。ジャンダルムの頂上から、奥穂高の頂上の人影もくっきり見ることができる。

ジャンダルムを慎重に下り、最後の難関「馬の背」にやってきた。ここまでの行程から比べれば、こんなところはなんの問題もない(でもここが一番あぶねーな、と思った)。 ここを慎重に登り、無事奥穂高岳山頂に10:00に到着した。
かなり慎重に歩いたつもりだったが、一般のコースタイムよりも若干早いペースで到着できたようだ。しかし、このときの私は、私の後続にいたはずの何名かのソロの登山者数名が全く現れない事の方が気になっていた。敗退したのだろうか、それとも落ちてしまったのだろうか・・・山頂に30分ほど留まって待ってみたが、いっこうに現れる気配がなかった。

奥穂高に到着して、このルートを振り返って見ると、確かに高度感もあり場所によっては注意深くホールドやステップを探さないと、ぶら下がってしまうような箇所もあるが、やはりそこは登山道。注意深く進めば、そこまで問題になるような箇所はなかったように思う。ただ、
荷物はできるだけ軽くしていくことをお勧めします。間違っても20キロ級の荷物を背負って行くところではないです。この荷物の重さのおかげで
あと皮一枚で肉というところまで手の皮がむけた。ま、その荷物のおかげで西穂高山頂という地上の楽園でのビバークができたので、個人的には良かったけれど。

後続の方とお互いの健闘を称えて握手でもしたかったが、
いくら待ってもこないので、10:30に奥穂高岳を後にして、吊り尾根、紀美子平を抜けて、途中涸沢ヒュッテの無数のテントや前穂高岳に残る雪渓を眺めつつ、岳沢まで一気に降りた。岳沢着13:00。奥穂高から岳沢まで下るにはもう少し時間が掛かるはずなのだが、一度も休憩を取らずに一心不乱に下ってきたため、予定よりかなり早い時間に到着できた。ここから上高地まではコースタイムで2時間、私の足なら1時間強で到着できるだろう。昼食も摂らずに歩いたので、ここでカップラーメンを買って食べた。エビは残して小屋の親父に謝った。(左の写真が重太郎新道から見た岳沢小屋。7・8月のみ営業で飲み物の他、カップラーメンも買うことができる)

岳沢小屋からは森の中の静かな小径が続く。梓川支流のせせらぎの音が聞こえてきたら、目的地はすぐそこだ。上高地に到着すると、あまりの観光客の多さに驚いた。みんな暑い都会を逃れて涼をとりに遊びに来ているのだろう。梓川にかかる有名な河童橋から振り返ると、左から右に大きく穂高の山々が連なっているのがよく見える。私の歩いた稜線はほとんど雲に隠れているが、あの全稜線を2日で踏破したんだな。と、思ってみると感慨深かった。
今回は2日というタイトなスケジュールだったが、次回は3日くらいかけて、槍ヶ岳まで歩いてみたい。いや、できれば1週間くらいかけて剣岳まで歩ければ最高だろう。奥穂高山頂から北の眺めは、そう思わせるのに十分な絶景だった。ただし、
西穂-奥穂間はパスして。