2007年8月11日土曜日

2007/8/10 丹沢主脈縦走

8月の仕事が幸運なことに早めに片付いた。「YOU。休んじゃいなよ。」という心の声に導かれて夏休みを取ることにした。10日も。この季節にこれだけ長い休みを取ったのは、ここ7、8年記憶にない。大学を卒業してすぐの夏にそのくらいの休みを取ったことがあったが、非常に居心地が悪かったのを覚えている。今回何も感じないのは社会的地位が向上したからだろう。たぶん違うけど。

いざ休みとなると、やりたいことがたくさんありすぎて、何をするか迷ってしまったが、休みの初日からあまり気合いの入った遊びをしてしまうと後半疲れてしまうので、丹沢にピクニックに行くことにした。

天気も良さそうだし塔ノ岳でビールでも飲んで昼寝でもするかな、などと考えて大倉を出発したのが朝8時。サクサク歩いて塔の岳着10時30分。

・・・またガスってるよ!登山地図などには「展望雄大」とかかれている塔ノ岳だが、私は一度も塔ノ岳からの雄大な展望を見たことがない。しばらくふてくされつつ地図を見ていると、ある考えが頭をよぎり始めた。このまま北上して丹沢山、蛭ヶ岳を踏めば丹沢主脈縦走じゃないか。丹沢主脈とは丹沢山脈の中で南北に走る塔ノ岳、丹沢山、蛭ヶ岳、焼山を繋いだ山群のことを指し、これを1日で縦走するのは所謂健脚者向けのコースだと言われている。

この勢いなら行ける!と判断した私は、だらしなく広げたピクニックセットをザックに戻し、進路を北に取った。表丹沢にはヒマさえあれば遊びに来ていたが、主脈縦走は今回が初めてだ。

表丹沢の美しいブナ林の様相を残しつつ、丘陵地帯の様なところもあるきれいな登山道が続き、何度かアップダウンを繰り返した後、丹沢山に11時30分に到着した。山小屋のおじさんと焼山まで抜けることについて話してみると「ん~。余裕余裕。蛭(蛭ヶ岳のこと)さえ抜けちゃえば基本下りだから飛ばせるし。」とのこと。特に疲れもなく、おじさんの言葉をすっかり信じて行程に余裕を感じたので、ここで1時間程ピクニックランチを取ることにした。

食料を胃袋に納めたあと、重い腰を上げて蛭ヶ岳に向かったのが、12時30分。アップダウンも多少きつくなったが、美しい山容が疲労感を忘れさせてくれた。疲労感、確かにこのあたりから疲労感を感じ始めていた。考えてみれば、塔ノ岳にピクニックを目的に来たのだからペース配分はめちゃくちゃだ。しかし蛭ヶ岳まで3時間のコースタイムを乗り切れば、後は鼻歌交じりの下山道だよな、と非常に楽観的に考えていた。このときまでは

やぶがせり出した、整備不行き届きとも思える登山道のアップダウンを繰り返して、ようやく丹沢最高峰、蛭ヶ岳に到着したのが13時30分。ほっと一息、山小屋のおっちゃんと世間話でもしようかな、と他愛のない世間話を一通りして、最後に帰りのバスについて情報を仕入れようと、「ところで、焼山登山口までここからどれくらいですかね」と聞いてみると「5時間」。なに!?5時間!?それバスの最終間に合わないんじゃないの!?バスの最終は17時53分だ。「焼山じゃなくて東野のほうに抜けちゃえば3、4時間だよ、小走りで」という。それしかない。急いで荷物をまとめて下山を始めたのが14時10分。

しかしこの下山道がどうもおかしい。まず、小走りなどしたら、そのまま崖下まで一直線間違いなしの急角度に切れ落ちた鎖場が連続し、走ったりしたら全身傷だらけになってしまいそうなやぶに覆われてたところも数カ所あり、とても飛ばせない。それでもこの時、バスの最終をキャッチすることしか頭に無かった私はできる限りとばした。脇目もふらず一心に走った。ココを小走りさせるのは安全登山という面から、山小屋の主の態度としてはどうなんだろうな・・・などと考えながら。

更に進んでいくと、なんだかますますおかしい。登りがきつい箇所がいくつかでてきたのだ。この道を「基本下り」と言うのは、いくら山男とは言え男らしすぎる表現だ。これは一般常識では「アップダウン」と表現する。私が進んでいるはずの道を地図で見てみると、等高線の様子からしてこんなにアップダウンがあるはずがない。

今回なんとコンパスを忘れてしまったのだが、時計についているデジタルのコンパスを見ると「S」と表示されている。「S」は許されない。「W」とか「E」ならまだ許せる。だが「S」であるはずがない。前述したが、私は基本的に「N」に向かっているはずなのだ。そこで、先日GETしたスタンドアロンGPS機能を内蔵した携帯電話を取り出し、早速使ってみることにした。するとそのGPSの画面には私が丹沢山の頂上にいることを示すマークが元気に光っている。携帯電話を真っ二つにへし折って丹沢の谷底に放り投げたい衝動に駆られたが、我慢した。

ちょうどそのとき前方からおじいさんとおばあさん、孫の3人パーティーが歩いてきた。私はそこでチョットかまをかけてみることにした。「姫次まであとどれくらいですかね?」と聞くと案の定「ん?どこそれ?」との返答が。姫次とは、予定どおりのルートで来れば、蛭ヶ岳からに90分程度のところにある丘陵状になった登山道の分岐点だ。どちらの方面から来たか聞いてみると「私ら檜洞丸から来たんだけど」とおっしゃる。檜洞丸とは蛭ヶ岳から西に位置する、別名青が岳。丹沢山地で蛭ヶ岳、不動ノ峰、鬼ヶ岩ノ頭に次いで第四の標高を誇る山である。が、今はそんなことはどうでもいい

この時点で15時。エスケープルートはどこにもない。檜洞丸を登り西丹沢に抜けるか、蛭ヶ岳にもう一度登って正しいルートに戻るか、選択支は2つしかない。あの急登を登り返すのは激しく憂鬱だったが、このときの私は蛭ヶ岳に登り返すのが最も正しい選択に思えた。意を決して蛭ヶ岳に登り返し、再び蛭ヶ岳に到着したのが15時50分。この登りで体力のほぼ全てを使い果たした。小屋のおっちゃんに水を分けてもらいに再び山小屋を訪れると、おっちゃんが「バスはもう間に合わないな」という。もうバスなんてどうでもいい。タクシー呼ぶよ・・・。小屋に泊まってしまおうかとも考えたが、気力を振り絞って下山することにした。コンパスは忘れたのに、ヘッドライトとツェルトは持っている。食料もまだある。いざとなったらビバークだ。おっちゃんが私をみて可哀想に思ったのか、麓にある温泉施設のパンフレットをくれた。

ここからの下りはまさに気力の勝負になった。非常に消耗しているため、登りがあると立ち止まる必要があったが、一方で日が暮れる前にできるだけ標高を下げて安全な地点まで進む必要があるので、長く休むことは許されない。軽いはずのザックが肩に食い込み、歩行タイミングを整えるためのストックが老人用の杖の様な役割となり、ゆっくり確実に降りることに集中した。途中、焼山ではなく東野に抜けるための坂(八丁の坂)がかなりきつい。とにかく傾斜が急で、通常ならとくに問題ないはずなのだが、消耗仕切った体の体力をがんがん削ってくる。それでも3時間、ひたすら耐えてようやく麓の集落、青根に到着したのが19時。このときには、精根尽き果てていたが、何とか日が完全に落ちきる前に麓に到着できたため、非常に安心した。

安心ついでに蛭ヶ岳の山小屋のおっちゃんにもらった温泉のパンフを思い出し、チョット見てみると、それほど遠くないところにあるようだ。「この疲労を癒すのは温泉しかないだろう、名前もいやしの湯だし」と、その温泉に向かうことにした、が・・・遠い。この歩きがこの日一番きつかった。舗装道路で時折車が脇を通る中、私はほとんど行き倒れる寸前の状態で温泉まで歩いた。このパンフレットはおっちゃんのブラックジョークだったのだろう。 ま、温泉はとっても良かったので、癒されたけど。

連続行動時間12時間。全く予想だにしなかったスーパーハードな一日となった。山のエキスパートとは、山で10時間以上連続で行動できる人を指す。という話をどこかの本で読んだ。すると私は山のエキスパートだろうか。そんなわきゃない。

今回の教訓:
1 ピクニックから縦走に計画変更してはいけない
2 山頂からの下山ルート選択は慎重に
3 バスの時間を気にするな